新ソフトウェア宣言〔詳説〕

大槻, 2014.02.17



 2010年6月9日〜11日の討議によって作成された『新ソフトウェア宣言』の概説に基づいています。

newsoftdecl_overview_20100715.pdf

2010年以降の検討については、本サイトの〔知平〕/「新ソフトウェア宣言その後」に記載しています。

新ソフトウェア宣言その後

以下は、これ等を統合し、わかりやすくまとめたものです。

 『新ソフトウェア宣言』は、通称『呪縛宣言』とも呼ばれています。2010年6月9日〜11日に横浜開港記念館で開催されたソフトウェアシンポジウム2010の中のワーキンググループ「ソフトウェアエンジニアリングの呪縛WG」に集まった賢人たちが、これからのソフトウェア、および、ソフトウェアエンジニアリングの方向性について議論したものが元になっています。最終的には、「呪縛WG」の二人のコーディネータである大槻繁と濱勝巳氏によって、WG終了後議論が重ねられ、今の7項目からなる形に集約されました。

 ここで言う「呪縛」とは、何かいわれのない思想や言葉などによって、行動や考えが制限されてしまうことを示しています。ソフトウェアの世界は、多くの思い込みや、論拠のない教えに満ちていて、研究、技術開発、ビジネスなどのあらゆる領域で閉塞感や限界を感じざるを得ません。次世代のソフトウェアの取組みでは、まずこの呪縛から解放されることが必要です。ここで言う「呪縛」は、天動説から地動説へというコペルニクス的転回を説明する科学哲学の概念である「パラダイム(規範)」と言い換えてもよいでしょう。パラダイム論では、科学技術の進化が、不連続な変化であるとみなされます。パラダイムシフトを果たした後の世界は、過去とは異なるパラダイムです。つまり、新しいパラダイムは、古いパラダイムから解放されていますが、それは新しい呪縛でもあります。このことを、『新ソフトウェア宣言』の序文で「従来のソフトウェアに関わる諸活動の呪縛から解放され、新たな世界を築いていくためには、新たな呪縛に捕われ、新たな中心を設定していかなくてはなりません。」と、凝縮した形で述べています。

 『新ソフトウェア宣言』は、7つの文から構成されています。それぞれの文は、それぞれ深い意味を持っています。また、相互に関連もしています。さらに、記述されている順序にも意味があります。新しい世界観を示すために言葉を厳選し、無駄を省き、シンプルで判りやすい宣言になっています。我々が学問や技術領域を語る場合には、一つの「関心」を持っていると言えるでしょう。それぞれの文は、新しいパラダイムを構成する「関心」の候補を掲げています。関心は、旧来の学問や技術領域にゆるく対応していることもあれば、複合的に対応している場合、さらには、全く新しい領域が示唆されている場合もあります。

〔基盤化〕→1.ソフトウェアは、数学的理論探求の上に成り立つ
〔複雑系〕→2.ソフトウェアは、部分に還元することが不可能な全体である
〔知働化〕→3.ソフトウェアは、実行可能な知識である
〔代謝化〕→4.ソフトウェアは、学びの副産物に過ぎない
〔意匠論〕→5.ソフトウェアは、制約条件下で創造される美しい人工物である
〔経営論〕→6.ソフトウェアは、富を生む経済活動の資源である
〔遊戯論〕→7.ソフトウェアは、言語ゲームである

なんとなく、ふわっと新しい世界が見えてくるとは思いませんか。一つ一つの文は独立ではありません。この順序にゆっくりと噛み締めながら読んでみると、学問、技術、デザイン、ビジネス、人、世界、認識など、全体として何か新しいものが見えてくると思います。7つをもっと強引に「**論」や「**化」として集約した記述が、『新ソフトウェア宣言』の最後にある「基盤化、複雑系*、知働化、代謝化*、意匠論、経営論、遊戯論」です。この宣言全体自身が部分に還元できませんし、語ってしまうとそれではなくなってしまうようなものです。

*: 以前は「全体論」「進化論」としていたものを「複雑系」「代謝化」に改訂