メタウェアの芽

大槻, 2014.01.01

 「メタウェア」という言葉は、濱勝巳さんの造語です。彼は、「ソフトウェア」という言葉を再定義したり、「リアルウェア」という概念を打ち出したり、実に面白い考え方をする人です。ここでは、私なりに、「メタウェア」について勝手に考えて観ようと思います。

 「メタ」というのは、「対象」の反対概念です。何か「理論」がある時に、その理論そのものを対象とする理論を「メタ理論」と言います。何か「言語」がある時に、その言語記述そのものを対象とする言語を「メタ言語」と言います。言語処理系はコンパイラですが、言語仕様を入力してコンパイラ処理系を生成するプログラムは「メタコンパイラ」と呼ばれます。この調子で、ソフトウェアそのもの、あるいは、ソフトウェアの記述を対象とする理論を「メタウェア」と呼ぶことにします。

 ソフトウェアエンジニアリングというのは、ソフトウェアのつくり方に関する知ですから、ソフトウェアを対象としたメタ理論です。ところが、世の中には、同じようなソフトウェアが溢れ、同じ問題をあちこちで解き続ける事態が発生しています。これは、本当の意味でのメタ理論がないことが問題なのです。

 ここで言うソフトウェアは、実行可能知識、創造的なソフトウェア、プラットフォームを対象にしています。おそらくソフトウェアとその文脈を含めた空間・時間的な世界を構築していくことが要請されています。これを大きく2つに分けると、部品とその組み合わせ、コンポーネントとインテグレーション、言うなれば、材料と構成物といった形に整理されることになるでしょう。

 材料を作る役割を「材料整備(Basic Constructor)」、材料を組み合わせて作品や人工物を作る役割を「作品構成(Artifact Composer)」とでも呼んでおきましょう。
 材料整備は、世界を構成する部品、公理系などを材料として準備することに相当しています。作品構成は、部品を組み合わせ、つなぎ合わせて、作品としてのシステムや物語を作ることです。作品構成には、新しい要求への対応、調整、再構成することなども含みます。

 プラットフォームとしてのソフトウェア作品には、SNS、教育、プロジェクトマネジメント、アジャイル開発、配信、通知などのサービスを想定しています。こういった作品の本質を掘り下げ、材料整備をしていくことが、当面の課題と考えています。