事実・理論・予想・定理・掟理

大槻, 2014.02.20

 多くの知見は、「**は**である」という命題の形式で表現されます。「線分とは長さがあって幅がないものである」、「三角形の内角の和は180度である」など、定義(definition)、公理(axiom)、公準(postulate)、定理(theorem)がこの表現を採ります。数学の世界では、定義に従って、公理や公準(最近は公理と公準の言葉の上での区別は無いようです)を前提として、定理を証明することになります。未だ証明されていない定理を「予想(conjecture)」と呼びます。つい最近までフェルマー予想、ポワンカレ予想といったものがありましたが、証明がなされてフェルマー・ワイルズの定理、ポワンカレ・ベレルマンの定理となりました。

 数学の世界は、定理の正しさは証明によりますが、自然科学の分野では、実験や観察のデータ収集による確証を得る方法になります。ドーキンスの著作『進化の存在証明』では、進化論が説明能力を持つ科学理論であり、聖書の創世に関する信仰とは別次元のものであり、互いに衝突するものではないことを記しています。進化は事実(fact)です。しかし、「進化論」と言うからには、「進化の定理(theorem)」あるいは「理論(theory)」と呼ぶべきものがあるのでしょうか?

「理論(theory)」の意味は、一般的に、以下の2通りのものが在ります。

  • 理論1:事実や現象を説明するのに使われる考え方や体系。観察または実験によって裏づけされ、既知の事実を説明できるものとして提示ないしは受容された仮説。既知の、または観察された事柄についての一般法則、原理。
  • 理論2:説明として提案された仮説。転じて、単なる仮説、憶測、推測。個人的な見解ないし意見。

理論1を「定理(theorem)」、理論2を「予想(conjecture)」と呼びます。

「事実(fact)」の意味は、以下の通りです。

  • 事実:実際に起こった事柄。この性質をもつことが確実に知らされている事柄。転じて、実際の観察や信頼できる証言によって知られている特定の真実で、単なる推測、あるいは予想やフィクションとは異なるもの。

 ドーキンスは、「進化は事実である」と述べており、事実に裏付けされた理論のことを「掟理(theorum)」という新造語によって説明しています。

 社会科学においては、さらに、人間の行動が分析の対象になります。人間は理論やルールに基づいて行動するためさらに複雑な様相になります。ゲーム理論では、以下のような区別がなされています。

  • 規範的理論(prescriptive theory):「いかに行動すべきか」という指針をプレイヤーに提示する理論。
  • 記述的理論(descriptive theory):プレイヤーの行動や意思決定を記述し説明する理論。

 ソフトウェアに関わる領域では、人の意思決定や行動にまで分析の対象にするために、社会科学的な見方をしていく必要があります。その上で、ソフトウェアの世界で起こる現象を説明する法則を発見し、事実の裏付けを持つ掟理としてまとめていくことが要請されていると思います。

Richard Dawkins, The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution, 2009
(リチャード・ドーキンス, 『進化の存在証明』, 早川書房, 2009.11.25)